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毒の種類、濃度、自分の免疫系に及ぼされた影響

全く無毒の親、というのも、実はあんまりいないのではないかと思う。
そう見えるとか、そう振る舞っている、という人はいるかもしれない。
その場合は、よその人間には粗が見えないだけだったり、あまりに「いい人」として振る舞うことで本当はストレスが溜まっていて、知らない間に自己破壊的行動を取ったり、病気になったりしてしまう人もいる。

それなりに短所や毒の部分があっても、そういう面を自分で理解していて、他者との関係についても自分なりの考え方をちゃんとキープしつつ、他の考え方もあるにはある、と頭の片隅に置いておけて、自分の短所や毒の部分が行き過ぎて他者との関係がこじれた時は、そうするかどうかは状況によるとしても、フォローの仕方を思い浮かべることも、それを実行してみた時には相手の反応を考慮して、また新たに自分の行動を決めて行くこともできる、くらいの余裕のある人なら、自分の中の短所や毒要素との付き合い方までも子どもに伝授できる分、全くの無毒より健全なのかもしれない。

私の母は、そういう内省や物事を深く掘り下げて考えるだのといった傾向はほとんど見られない人だった上に、いつもイライラせかせかしている人だったので、毒要素はいやが上にも濃縮されていた。

主成分としては、
・自分が一番可哀想(娘なんか足元にも及ばない)
・自分が一番正しい(人に謝る必要なんてない)
・↑にも関わらず、自分は人より劣っている
(ちゃんと学校に通えなかったから)
・恨み、妬み
(自分の親に捨てられたことに由来し、傷に例えるならずっと化膿し続けている状態)
・安定無縁のジェットコースターのような感情の起伏
(嬉しい・楽しいはほとんどなく、怒りなど、一般にマイナスと思われている方向への激しい爆発)
・身近な他者との境界線のなさ、曖昧さ
・激しい、けれども抑圧された、男性一般への嫌悪感
などなど。

これらが、日によって濃淡はあるものの、ほぼ毎日私が暮らす家の雰囲気そのものだった。
象徴するような出来事を挙げることもできなくはないが、言ってみれば呼吸する空気まで毒だったようなもので、まさに複雑性PTSD的なモノを「育む」のに格好の環境だった。

私の元々の性格は、どちらかと言えば内向性に傾いていて、母からの毒が溜まりに溜まって思春期の爆発が起きた時も、グレて外へ出て行く、ということにはならなかった。
その代わり、内側へとひきこもった。
この時母は力ずくで私を引き出し、一見それは成功したかのようだったけれど、実際には大失敗もいいところで、母が自分を理解する機会も、私のことを理解する機会も、まとめてぐちゃぐちゃに踏みにじってドブに蹴り捨てたようなものだった。
「ああしないと、あんたの一生がダメになると思った」
と、後に母は言っていたが、実は自分が思ったのとは真逆の方向へ、目一杯舵を切ったわけだ。

私にとっては大迷惑だったけれど、いくらか気の毒に思わないでもない。
あの人にしてみれば、私を是が非でも学校に通わせることは、自分のトラウマ払拭に関わる一大事だったのだろう。だがそのために、今度こそ絶対自分を見捨てないだろうと期待した娘を絶望させ、結果的にその娘に見捨てられる一連の出来事へと、ドミノ倒しのように繋がって行くことになってしまったのだから、皮肉としか言いようがない。
しかも、彼女は最後まで、力ずくで人を動かそうとしてもロクなことにならない、とは学べずに終わりそうだ。

私の中で、彼女の及ぼした毒の影響として一番残っているのもこの、「力ずく」で動かされることへの拒絶、嫌悪感、アレルギー反応だ。
もちろんそんなものは拒否して構わないのだが、問題はちょっとでもその「気配」を自分で感じただけでも、かなり消耗してしまうような内的葛藤が起こりがちである、ということ。
トラウマを思い起こさせる音やにおいや場所に、否応なく反応してしまうような感覚に近い。
これも、起こった時、起こりそうな時にいちいち「これはアレかも」と自分の中でチェックしたり言語化したり、なだめたりしなければならないので、とても疲れてしまう。

いらないところへエネルギーを注いでいるのだから、それだけでもエネルギー切れの鬱になりやすくて当然かもしれない。

多分、母の中にも、こんな「仕組み」が山ほどあって、慢性胃炎になるやら自律神経失調症になるやら、他にもちょっとしたきっかけで内的葛藤爆発→フリーズ状態になるやら、忙しかったのだと思う。

思いはするが、それは私がどうにかしてあげられることではない。
特に母自身が、それをどうにかしたいなどとつゆほども思っていないのなら。
自分の過去を悼み、現在の自分をいたわり、自分に対して優しくできるのは自分だけで、誰もそれを強制はできない。

母に関して不思議に思うことの一つに、盛大に文句を言いながらそれをやめない、という傾向があった。

例えば、長年ある小さな美容室に通っていたのだけど、そこの美容師さんのことをあれが気に喰わない、これが気に喰わないと人柄から行動に至るまで散々に文句を言いつつ、絶対に美容室をかえてみようとはしなかった。
あまりに文句を言うので、「別の所に行ってみたら?」と言うと、「だって、私の髪質をわかっていて、うまく扱えるのはあそこしかない」と言う。
私には、その違いが皆目わからなかった。
まあ、それは本人にしかわからないとしても、それならその技術に免じて他のことは大目に見るとか、少なくともうちでいちいち文句を言わないでいてくれればいいのに、と思ったが、その憎悪は手放せないもののようだった。

他に、定年で退職してから、習い事で「健康麻雀」なるものを始めたのだが、これもまあ、講師から一緒習っている仲間の大半に至るまで、そして参加を促される「大会」に関してなどなど、文句のネタがよくこれだけ尽きないものだと思うほど文句を言いまくり、週一のその当日には「行きたくない」を連発しながら、随分長い間通い続けていた。
これは、同じく習い始めた体操教室も同じだった。

つまるところ、母自身の内的問題や人間不信のせいでほとんど誰も彼もが嫌な人間に見えたり、少しのことでも大袈裟に捉えがちだったため、ストレスが飛躍的加速度的に溜まり、それが毒に変換されて噴き出していたのではないかと思う。

その吐き出し口に、何の断りもなく思いっきり利用される娘としては、たまったものではなかったが。

素直に何かを楽しむこともできない、せっかく何かを始めてみても喜びを感じられることは稀で、次から次へと不満やストレスばかりが噴出してしまう、というのは、もう立派な精神的な病の兆候だろう。

それくらいなら、家でマイペースでできる楽しみを見つければよかったと思うのだが、母は世間基準の「家にこもるのはよくない」を信奉していたので、それはできないらしかった。

母は自分とちゃんと対話をして来なかったから、「楽しみ」ですら自分に最適な環境を整えることができなかったのではないかと思う。
あるいは、ある種の自己処罰として、素直にのびのびと楽しむ自分を許さなかったのか。

自分に何の喜びも楽しみも与えられない、などというのは、状況がそれを許さないのならともかく、そうではないならこれもまたひどく病んだ状態だろう。

自分に執拗に罰ゲームを課しているような、母のこんな状態も、私には堪えたものだった。
「異様」が「普通」としてまかり通っている、違和感が…。

by Reimei34 | 2018-11-05 19:44 | 毒母

鬱、ひきこもり、毒になる母などについての 言葉にするのが難しい痛みの記録。


by Reimei34